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2025/01/10
移植医療以外で活用されるHLA
- 移植・HLA・MHC
HLA(Human Leukocyte Antigen:ヒト白血球抗原)は細胞表面に発現する自己と非自己を判断する重要な分子です。HLAは免疫と密接に関連するため、HLA情報は移植医療(臓器移植、造血幹細胞移植)において免疫制御に利用されていますが、近年は移植医療以外でもHLAが注目されています。
本ページでは移植医療以外でHLA情報が活用されている領域や、今後活用が期待されている領域を紹介します。
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HLAタイピングに関する情報など、HLAに関してのご相談はページ下部のお問い合わせフォームにてご連絡ください。
はじめに
HLAはヒト細胞の表面に発現しており、免疫機構において自己・非自己を判別するために重要な分子です。移植医療においてはHLA情報が臓器移植における拒絶反応や、造血器細胞移植における移植片対宿主病の発症に関連していることが示されています。またHLA分子(抗原)は複数の種類があるほか、HLAをコードする遺伝子はヒト遺伝子の中で最も多様性があることが特長です。
このため、移植の際にはドナー・レシピエント間のHLA抗原のミスマッチ度合を確認する検査や抗HLA抗体の有無を確認する検査が行われています。このようにHLAの情報は移植医療においては、予後の向上、あるいは再発の制御のために重要となります。また、HLAをコードする遺伝子はその多様性から、法医学における個人識別や親子鑑定、集団遺伝学に利用されています。
さらに免疫への関連性や遺伝子の多様性といったHLAの特性を活かし、現在では移植医療に限らずがんの治療や再生医療、疾患メカニズムの解明にHLA情報が活用されています。
HLA情報が活用されている分野
がんペプチドとHLA
がんペプチドとHLAについて詳しく見る
「がん」は国内において最も多い死亡原因となっており、約4人に1人が、がんにより亡くなっています。がんの治療法としては従来「放射線治療」「外科的治療」「薬剤治療」が主でしたが、2010年代から第4の治療法として「Cancer Immunotherapy(がん免疫療法)」が開発されました。
がん免疫療法はヒトに備わっている免疫システムを応用し、がん細胞の増殖抑制や排除を行う療法です。中でもHLAが関連するのはペプチドワクチン療法です。ペプチドワクチンの開発方法と作用機序を簡単に示します。
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①正常細胞とがん細胞が抗原として提示しているタンパク質(ペプチド)を網羅的に解析
②がん細胞のみがもつ特異的なペプチドを特定し精製
③患者体内にペプチドを投与
④樹状細胞によりペプチドが取り込まれ外来抗原として免疫細胞に認識されることで、免疫細胞ががん細胞を特異的に攻撃し、排除
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腫瘍細胞による特異的抗原ペプチドの提示と抗腫瘍キラーT細胞による認識機構(東京科学大学 木村 彰方先生よりご提供)
②でがん細胞が抗原として提示するペプチドは結合するHLA分子の構造、つまりHLA抗原の種類によって異なります。このためペプチドワクチンはHLA拘束性となります。国内では、日本人集団に多いA2やA24抗原を持つ細胞を主に使用し、ペプチドワクチンが開発されています。候補となる細胞から目的の抗原を持つ細胞をスクリーニングするためにHLAタイピング(HLA抗原・アレルの決定)が行われます。
また、ペプチドワクチンの働きを最大限にするためには、タイピングによってペプチドワクチン作成に使用した細胞のHLA抗原と、患者のHLAが同じであることを予め把握しておく必要があります。
関連動画
HLAとがん免疫・ペプチドワクチン(2022/7/8開催)ダイジェスト版
再生医療とHLA
再生医療とHLAについて詳しく見る
iPS細胞は、人工的に作製された多能性をもつ幹細胞です。2007年にヒト細胞からの樹立に初めて成功した後、2012年に当時京都大学の山中先生がノーベル生理学・医学賞を受賞されたことから注目されました。iPS細胞の大きな特徴は「体細胞から作製できること」「自身の細胞から樹立できること(移植による拒絶反応が起こりにくい)」「さまざまな細胞(臓器)に分化可能であること」です。このため、iPS細胞を利用した再生医療へ大きな期待が向けられています。国内では再生医療の研究開発・臨床試験にiPS細胞細胞を利用するため、再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト(現:京都大学iPS細胞研究財団)が立ち上がりました。ストック細胞を使用することで、より低コストで迅速に研究開発などを実施することができます。
再生医療は大きな枠組みでは移植医療であるため、拒絶反応が起こりにくいiPSストック細胞を作製するには、iPS細胞がもつHLA抗原と患者のHLA抗原を適合させる必要があります。このため、HLAアレル(A、B、DRB1ローカス)が同一のドナーからiPS細胞を製造し、複数の患者に使用できるHLAホモiPS細胞ストックが作成されています。
再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト (京都大学iPS細胞研究所HP)
また2019年にはゲノム編集技術を活用し、更に拒絶反応のリスクを低減したiPS細胞作製技術(HLAゲノム編集iPS細胞ストック)が開発されました。
ゲノム編集技術を用いて拒絶反応のリスクが少ないiPS細胞を作製(京都大学iPS細胞研究所HP)
HLAゲノム編集iPS細胞ストックは免疫細胞からの攻撃を回避するためにHLA遺伝子をノックダウンした細胞です。ただしNK(ナチュラルキラー)細胞からの攻撃を回避するためにHLA-CおよびHLA-Eはノックダウンしていません。
ただし、iPS細胞を臨床応用するためには、あらゆる移植において拒絶反応を低減する必要があります。このため、NK細胞による攻撃を回避するため遺伝子導入が研究されています。
またiPS細胞の臨床応用においては、品質維持や他の疾患発症リスクとの関連が不明という課題もあります。HLA情報を含めた免疫応答を制御するシステムを確立することで、再生医療の実用化や汎用的な医療にiPSストック細胞を利用できる将来につながると期待されます。
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HLAと再生医療(2023/7/12開催)ダイジェスト版
疾患感受性とHLA
疾患感受性とHLAについて詳しく見る
自己免疫疾患を中心とした患者群と対照群の比較において、特定のHLAアレルが疾患の発症と関連することが明らかとなっています。例えば関節リウマチがHLA-DR4、ベーチェット病がHLA-B51と関連する、ということが知られています。ナルコレプシーや硬直性脊髄炎などはHLAアレルを決定する検査が疾患の判定補助にも活用されています。自己免疫疾患に限らず、一部のアレルギーや感染症もHLAアレルが関連することも示され始めています。
疾患感受性の関連遺伝子探索のため、近年ではNGS(次世代シーケンサー)を活用した大規模なゲノム研究(ゲノムワイド解析)が行われていますが、感受性遺伝子がHLA遺伝子(特定のHLAアレル)であると判明することも少なくありません。また、ゲノムワイド解析ではコンピュータを使用した情報解析が必須となります。遺伝的に非常に多様なHLA遺伝子領域の情報解析は困難でしたが、最近では深層学習や機械学習により、ゲノム情報から高精度にHLAアレルを推測する手法が開発されています。今後はより精度の高い疾患感受性関連HLA遺伝子解析が可能になると思われます。
また、HLAを介した自己免疫性疾患発症の分子的メカニズムも明らかになりつつあります。2014年には関節リウマチにおいて、異常なミスフォールドタンパク質がHLA分子と結合し抗原として提示されることで自己抗体が反応し、疾患が発症することが解明されました。この抗原は「ネオセルフ」と言われています。さらに全身性エリテマトーデス(SLE)など他の自己免疫性疾患でもネオセルフの存在が示されております。現在では研究がすすめられ、ネオセルフがT細胞により非自己として認識される機構も明らかとなりました。ネオセルフと免疫機構の関連性が明らかにされたことで、今後自己免疫性疾患の診断や病因解明のためにHLA情報と関連した研究が加速すると考えられます。
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HLAと疾患感受性(2023/4/14開催)ダイジェスト版
薬剤副作用とHLA
薬剤副作用とHLAについて詳しく見る
一部の医薬品では、薬剤反応性とHLAが関連していることが知られています。具体的には、特定のHLAアレルが薬疹(皮膚疾患)や肝障害といった副作用の発症に関連することが明らかとなっています。例えばB*57:01のアレルを持つ患者は、HIV治療薬アバカビルの投与により過敏症が発症します。また、抗てんかん薬カルバマゼピンはB*15:02を持つ患者に重症の薬疹を引き起こす可能性があります。
近年はアバカビルなどの一部の薬剤において、HLA分子を介した副作用発症機序が解明され始めています。また特定の組織のみで起こる理由についても徐々に明らかになってきています。現在は動物モデルでの研究が主ですが、今後ヒト細胞やin silico解析により薬剤とHLAのリスク関連性が評価できるようになることで、副作用が発生しない医薬品開発に応用できる可能性があります。
また、HLAは人種により出現するアレルの頻度が異なっていることから、薬剤副作用に関連するHLAが集団により異なる可能性があります。近年では日本人集団データを使用した大規模ゲノム解析により、カルバマゼピンによる重症薬疹と関連するHLAアレル(A*31:01)が新たに見出されました。今後は副作用リスク評価のための薬理学的HLA遺伝子検査の実装も期待されます。
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HLAと薬剤副作用(2021/11/24開催)ダイジェスト版