研究者の声
2019/08/21
iPS細胞から膵β細胞分化に向けて - mTeSR1からmTeSR Plusへの切り替えによるラボワークの減少 研究者の声【13】
- 用途別細胞培養
研究者紹介
東京大学大学院 総合文化研究科 堀川 あゆみ、津田 恭子、道上 達男
道上 達男 先生 略歴
1995年 東京大学大学院理学系研究科 博士課程修了
1999年 科学技術振興機構 CREST研究員
2005年 東京大学大学院総合文化研究科
2006年 産業技術総合研究所 主任研究員
2008年 東京大学大学院総合文化研究科 准教授
2016年 東京大学大学院総合文化研究科 教授
現在に至る
※ 所属や役職等は掲載当時のものです
研究目的
我々の研究室では、ヒトiPS細胞から膵臓β細胞の誘導に関する研究を行っています。
β細胞の分化誘導系については国内外で多くの研究が行われていますが、我々の研究室では、なるべく少なくかつ安価な薬剤の添加による、効率よいβ細胞の分化法を探っています。
このような技術は、言うまでもなく再生医療、すなわち誘導したβ細胞を患者に移植することがゴールとなるため、誘導に用いる細胞は無血清・無フィーダー培養を行うことが必須となっています。
以前は無血清培地による未分化維持はそれなりに難しく、意図しない分化細胞の出現が見られたりしましたが、近年は培地の改良などにより比較的未分化培養も容易にできるようになりました。
ただ、ヒトiPS細胞の未分化培養の問題点の一つは、培地交換の頻度で、一般的なプロトコルではやはり1日1回の培地交換が必要となるため、休日を設定できないなど、作業の負担はかなり大きいものがあります。
研究内容
mTeSR Plus(ST-05825)について
mTeSR Plusをどのようなご実験に使われていますか?
上記のとおり、ヒトiPS細胞からβ細胞を分化させるため、その出発細胞の未分化培養にmTeSR Plusを用いています。
mTeSR Plusを選択された目的と、理由を教えてください
もともと未分化培養にmTeSR1(ST-85850)を用いていましたが、基本的には1日一回の培地交換が必要です。
業者が研究室に持ってこられたフライヤーにmTeSR Plusの広告があり、培地交換の頻度のことが書かれており、条件検討などが必要とはいえ、一度試す価値はあると思い、使ってみることにしました。
<メーカーのカタログにある培地交換スケジュール>
考察、まとめ
この検討ではhiPS 201B7株を用いた。
mTeSR Plusを用いた場合、増殖率の大きさは従来のmTeSR1と比較して顕著であった。このことは、より細胞を多く得たい時に有利となることを示している。
特筆すべきは条件4、すなわち6日間での培地交換の回数が1回であっても大丈夫な点である。
Oct4の発現からも、この条件での未分化培養は問題ないことが示唆される。
培地交換の頻度を下げることができることは、人的負担を大きく軽減することにつながり、作業環境の大幅な改善であると考えられる。
ただし今回、我々のラボで検討した条件はかなり厳しい条件であると思われ、メーカーとしては基本培地量で1日、2倍量で2日の培地交換がスキップできるという条件が基本であるので、各ラボにおいて用いる細胞によってしっかりとした条件検討が必要である。
なお、我々が検討した際にはまだリリースされていなかったが、最近mTeSR1からmTeSR Plusへの移行に関しては下記のような文書もSTEMCELL Technologies社から出されたとのことなので参考いただきたい。
mTeSR Plusの評価結果
方法
細胞はHuman iPS、201B7株を使用。
12wellプレートを用い、培地量は1mL(×1)または2 ml(×2)で培養した。
図1の表に示す条件で培地交換を行い、6日目に細胞を解離して細胞数をカウントした。また、得られた細胞からRNeasy micro plus (QIAGEN)によってRNAを精製し、これを鋳型にSuperScript III Reserve Transcriptase(Thermo Fisher Scientific)で逆転写したcDNAを用い、リアルタイムPCRを行った。
結果(細胞の写真や増殖率等)
まず図1の結果から、mTeSR Plusを用いた標準プロトコルに最も近いプロトコルでは、mTeSRを用いた場合に比べ4倍以上の細胞増殖率であった(条件No.3)。
また条件4、すなわち6日間での培地交換の回数が1回に減らした場合も、培地量を2倍にすれば増殖はやはり顕著であった。細胞の様子は図2の通りである。
次に、各条件で培養した細胞の未分化性を確認するため、未分化マーカーOct4の発現をリアルタイムPCRで調べたところ、条件1〜4の間で大きな差は見られなかった(図3)。