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研究者の声

2020/08/07

Low Endotoxin Recovery (LER) について 研究者の声【23】

  • 細胞分離

今回の研究者の声は、海外からの声をお届けいたします。
弊社取り扱いのEndosafe製品のメーカーでもありますCharles River Laboratories社微生物研究部門の土谷正和先生に、欧米で話題となっているLow Endotoxin Recovery(LER)についてご解説いただきました。

研究者の紹介

KAZ mole( translucent).png

Charles River Laboratories(アメリカ)
シニア研究員 土谷 正和 先生

※ 所属や役職等は掲載当時のものです

Low Endotoxin Recovery(LER)とは何か?

Low Endotoxin Recovery(LER)とは、「リムルス試験において希釈しないサンプルに添加した標準エンドトキシン活性が低下してしまう現象」を指します。この時,実際に試験を行うサンプル希釈液に添加した標準エンドトキシンの添加回収率は許容範囲内に収まりますので,サンプルの測定値への干渉ではないことがわかります。
LERにより、製品サンプル中のエンドトキシンが実際よりも低い値で測定されてしまう可能性が指摘され、安定性試験上の問題となりました1

米国食品医薬品局(FDA)がこの現象を問題視したために、医薬品メーカーがLERへの対応をせざるを得ないという状況にもなっています。
欧米の規制当局は、LERが認められた場合、ウサギ発熱性試験の結果や微生物汚染に関するリスクアセスメントを要求します2

図1. クエン酸とポリソルベートによるLERモデル .png

クエン酸やリン酸緩衝液等のキレート剤と、界面活性剤(主にポリソルベート)が含まれる溶液に標準エンドトキシンを添加した際にLERが見られます。
図1にその一例を示します。横軸はインキュベーション時間(分)、縦軸はインキュベーション開始時を100%としたエンドトキシン活性です。
エンドトキシン標準品(Reference Standard Endotoxin, RSE)を、10 mMクエン酸ナトリウムと0.05%ポリソルベート20を含む溶液中で各温度帯でインキュベーションしました。23℃の場合、60分経過後にはエンドトキシン活性が90%以上低下しました。保存温度が高くなると、エンドトキシン活性の低下が顕著となる様子が見られました。

LERに影響を与える因子

LERに影響を与える因子を、表1にまとめました3, 4。キレート剤や界面活性剤の種類によって、LERの効果は変わります。
例えば、ポリソルベート80よりもポリソルベート20の方がLERの効果が強いことが知られています。

項目 傾向
温度 温度が高いほどLERが起こりやすい
pH pHが高いほどLERが起こりやすい
塩濃度 塩濃度が低いほどLERが起こりやすい
低温では塩濃度1%以上の場合LERが見られないことがある
クエン酸濃度(キレート剤) クエン酸濃度が高いLERが起こりやすい
2 mM以上でほぼ一定となる
リン酸濃度(キレート剤) リン酸濃度が高いほどLERが起こりやすい
界面活性剤濃度 界面活性剤濃度が高いほどLERが起こりやすい
ポリソルベート20濃度0.01%以上でほぼ一定となる
ポリソルベート80の場合、ポリソルベート20よりもLERの効果が弱い
タンパク質濃度 タンパク質濃度が低いほどLERが起こりやすい

LERのメカニズムに迫る

これまで提唱されていたLERのモデルは、「エンドトキシン凝集体にキレート剤が作用することで分子間の結合が弱まり、そこに界面活性剤がはたらきかけて凝集体がバラバラとなり活性が低下する」というものでした5, 6
このモデルによると、LERによりエンドトキシン凝集体のサイズ(通常300 nmから1000 nm)が、小さくなるはずです。
私は、動的光散乱式分布測定装置を用いてLERを示す溶液中のエンドトキシンの粒子サイズを測定しました。
驚いたことに、活性が低下したエンドトキシンの粒子サイズには変化が見られませんでした6

また、エンドトキシン試験を行う際のサンプルの調整法を変えてみたところ、興味深いことがわかってきました。
下記の3種類の希釈方法で試験サンプルを用意し、活性の測定を行いました。

  1. 直接法:エンドトキシンを添加した溶液を、希釈したリムルス試薬に直接添加
  2. 水希釈法:エンドトキシンを試験用水で希釈した後、リムルス試薬と混合
  3. マグネシウム希釈法:エンドトキシンをマグネシウム溶液で希釈した後、リムルス試薬と混合

その結果、興味深いことに、水希釈法ではエンドトキシン活性の顕著な低下が見られた一方で、直接法やマグネシウム希釈法においては、それほど大きな変化は見られませんでした。
このことから、LERにおけるエンドトキシン活性の低下は、エンドトキシン試験用水への希釈を行った際に起きていること、マグネシウムが活性の低下を防ぐ役割を果たすことが示唆されました7

図2. 3種類の希釈方法.png

この結果を踏まえ、以下のようなLERの機序のモデルを私は提唱しています。
まず、キレート剤の作用でエンドトキシン凝集体の表面における分子相互作用が弱くなります。その結果、エンドトキシン分子と界面活性剤分子の入れ替えが起こります。これにより、サイズは変わらないものの、凝集体表面のエンドトキシンの面積が減少し、リムルス試薬中のFactor Cとの反応性が低下するというモデルです1, 3

実際に製品中に混入するエンドトキシンは、低栄養・低マグネシウム条件下で増殖したグラム陰性菌由来のものが多く、栄養豊富な条件で培養された菌から精製された標準品のエンドトキシンとは性質が異なることが知られています。
低栄養・低マグネシウム条件下で培養された菌では、Lipid Aのリン酸基がエタノールアミンやアミノ糖で修飾されて、二価の金属イオンの不足を補うことができます。その結果、エンドトキシンがキレート剤の影響を受けにくいため、LERも起こりにくくなっています。

おわりに

天然のエンドトキシンでは標準エンドトキシンほどLERが認められないこと,リムルス試験が局方のエンドトキシン試験法として採用されてから,約40年に渡り,エンドトキシン試験の偽陰性による発熱事故の公式記録がないことなどを考えると,LERが現実的な安全性上の問題かどうかについては,議論があります。
ただ,工程検査でのエンドトキシン試験でLERが起こると、エンドトキシン汚染を見逃すかもしれないという規制当局の意見もあり、医薬品メーカー各社は今後も自社製品に対するLERの検討を余儀なくされる状況が続くでしょう。この先も、LERについて理解を深めるとともに、製品の安全性を確認するためにはどのような試験を行っていくべきなのかを科学的に明らかにしていく必要があります。

文献

  1. 土谷正和. リムルス試験の利用とその現状. 防菌防黴. 18: 287-294 (1990)
  2. Hughes PF et al. Low Endotoxin Recovery: An FDA Perspective. BioPharma Asia, March/April, 14-25 (2015)
  3. Tsuchiya M. Factors Affecting Reduction of Reference Endotoxin Standard Activity Caused by Chelating Agent/Detergent Matrices: Kinetic Analysis of Low Endotoxin Recovery. PDA J Pharm Sci Technol, Nov-Dec; 71 (6): 478-487 (2017)
  4. Tsuchiya M. Sample Treatments That Solve Low Endotoxin Recovery Issues. PDA J Pharm Sci Technol, Sep-Oct;73(5):433-442 (2019)
  5. Reich J, Lang P, Grallert H, Motschmann H. Masking of endotoxin in surfactant samples: Effects on Limulus-based detection systems. Biologicals, Sep;44(5):417-422 (2016)
  6. Tsuchiya M. Possible Mechanism of Low Endotoxin Recovery. Am Pharm Rev, 17: 18-23 (2014)
  7. Tsuchiya M. Mechanism of Low Endotoxin Recovery Caused by a Solution Containing a Chelating Agent and a Detergent. Immunome Res, 15:166. (2019)

土谷先生が昨年発表された日本語総説論文(日本防菌防黴学会誌, Vol. 47, No. 12, 2019年)に、本解説記事についてさらに詳しい内容が書かれています。
弊社から別刷りを差し上げますので、ご興味がおありの方は下記よりお問い合わせください。

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