研究者の声
2024/01/22
iPS細胞から血球・免疫細胞への分化にmTeSR™1を活用 研究者の声【40】
- 用途別細胞培養
mTeSR™1 (= modified Tenneille Serum Replacer 1:エムティーザーワン) は、フィーダー細胞を必要としない無血清のES/iPS細胞用維持培地です。主要な多能性幹細胞研究者がmTeSR™1を使用しており、50カ国で数千のヒト多能性幹細胞 (hPSC) 株の維持に成功しています。
今回は、mTeSR™1で維持したhPSCを使用することで、血球分化能をもつ造血性内皮細胞の効率的な誘導に成功した研究事例をご紹介します。
研究者紹介
京都大学 iPS細胞研究所
臨床応用研究部門 疾患再現研究分野 特定拠点講師
京都大学 iPS細胞研究所 齋藤潤研究室HP
※ 所属や役職等は掲載当時のものです
研究内容
我々のミッションは、希少難治性疾患のiPS細胞を用いた病態解析により、診断治療法を革新することです。様々な遺伝的疾患を持つ患者さんから人工多能性幹細胞 (iPS細胞) を樹立し、病気の仕組みを調べたり、新たな治療法を見つける研究を行っています。
主な研究対象疾患は、血液・免疫疾患・難治性神経疾患などです。
また、血球や神経細胞への分化誘導法開発も行っています。
実験方法・結果
造血性内皮 (HE) 細胞は血球分化能を有する胎児期の内皮細胞であり、hPSCからのHE誘導は血球・免疫細胞分化の研究にとって重要です。
しかし、従来のhPSC由来HE細胞の分化誘導法は信頼性が十分ではありませんでした。
これはhPSCコロニーの密度とサイズが精密に制御できず、モルフォゲン/サイトカインにもとづく定方向の分化効率に影響が及ぶためです。
今回、hPSCからHE細胞に4日間で分化誘導する、フィーダーフリーかつゼノフリーの費用効率の高いプロトコルを開発しました。本プロトコルでは、スフェロイドの形成と自発的再平坦化を経ることでhPSCコロニーの密度とサイズを厳密に制御し、HE細胞を効率的に誘導します。
得られたHE細胞からCD34陽性細胞を分離し、さらに血球へ分化させることができます。
図. HE誘導前に、密度とサイズの揃ったhPSCコロニーを形成する手順(参照論文から引用)
hPSCは、ヒトラミニン511E8断片 (LM511-E8) でコートした6ウェルプレート上に、hPSC用維持培地で維持します。HE誘導開始4日前 (Day -4) に、解離液で細胞を剥離しシングルセルまで解離します。その後、Y-27632添加したhPSC用維持培地で微細加工プラスチック容器に播種し、一晩培養してスフェロイドを形成します。Day -3に、スフェロイドをLM511-E8添加したhPSC用維持培地に播種し、3日間培養します。Day 0には、スフェロイドは自然に平坦化してほぼ2次元培養となり、HE誘導の準備が整います。スケールバー = 200 μm。
mTeSR™1の活用事例
本プロトコルではHE細胞への分化誘導の前に、hPSC用維持培地 (PSC maintenance medium) としてmTeSR™1 (ST-85850) を使用します。他の培地も試しましたが、mTeSR™1に比べると分化開始後のHE誘導が十分ではありませんでした。
これは、他培地で維持されたhPSCが、本プロトコルにおける4日間という短期間での多能性状態からの離脱には抵抗性を示すためと考えられます。mTeSR™1以外の培地で維持したhPSCを使用する場合、mTeSR™1で数回継代して馴化させてから分化することをお勧めします。
mTeSR™1を使用しての感想
我々の研究室では、mTeSR™1で維持したhPSCから本プロトコルを用いて誘導したHE細胞が、さらに各種の造血細胞へも良好な分化能を示すという結果を得ています。
mTeSR™1では他培地に比べて、造血細胞分化抵抗性の低いhPSCを取得できます。
今後の展望
今回のプロトコル開発は、hPSCからのHE誘導に一貫性をもたらしました。これにより、体系的な細胞の操作と解析、そして潜在的な臨床応用のための造血細胞産生と大規模誘導が可能になります。
また長期的には、ヒト化マウスモデルで免疫不全症をモデル化して、原因となる細胞および分子メカニズムを調べ、薬剤スクリーニングを行うことを目標としています。