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2024/01/12

神経を高次元にモデル化するヒト脳領域特異的オルガノイド

  • 用途別細胞培養

ヒト多能性幹細胞 (ヒトES/iPS細胞、hPSC) から、前脳や中脳など特定の脳領域へガイド分化して脳領域特異的 (brain-region-specific) なオルガノイドを作製できます。これらの脳領域特異的オルガノイド同士を組み合わせて、または脳領域特異的オルガノイドと他の細胞型の共培養により、集合体すなわち assembloids (アセンブロイド) を作製できます。脳領域特異的オルガノイドとアセンブロイドは、脳の発生過程や神経炎症を含む疾患における生体内の複雑な細胞間相互作用をin vitroで再現する神経モデルとなります。

本稿では、ヒト前脳および中脳の脳領域特異的オルガノイドとそれらのアセンブロイドについて、作製方法やアプリケーションをご紹介します。

脳領域特異的オルガノイドと疾患モデル

脳オルガノイドはhPSC由来の3次元 (3D) 神経培養で、ヒト脳発達の主な特徴と細胞構築を再現できる研究モデルです。脳オルガノイドを用いることで、ヒト胎生初期における脳の発達をin vitroで研究できるようになりました。しかし、従来の脳オルガノイドは実験内/間で品質がばらつき、研究ツールとしての幅広い受容に課題がありました。

スタンフォード大学 Sergiu Paşca博士らの方法1, 2に基づいてSTEMCELL Technologies社が開発したSTEMdiff™分化培地を使用すれば、hPSCから均質な脳領域特異的オルガノイドを再現性高く作製できます。具体的には、背側前脳 (背側新皮質、背側外套)、腹側前脳 (腹側終脳、腹側外套下部)、中脳の各脳領域を代表するオルガノイドを作製できます (下図)。

脳領域特異的オルガノイドは、さまざまな疾患研究モデルに有用です。例えば、前脳オルガノイドを長期培養し神経毒性・変性モデルとして使用できます。また、中脳オルガノイドは2D培養した中脳ニューロンと異なり生理的なニューロメラニン様顆粒を形成するため、パーキンソン病モデルに適しています。

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STEMdiff™ 分化培地には、他にも多くの種類があります。詳しくはこちら>>

さまざまな脳アセンブロイドと用途

脳領域特異的オルガノイドを異なるオルガノイドや2D培養系と共培養することで、assembloids (アセンブロイド) を形成できます。このような脳アセンブロイド内では、脳の領域や細胞同士が互いにシナプスを介して接続します。そのため脳アセンブロイドは、生体内の複雑な細胞間相互作用を再現する神経疾患研究モデルとして役立ちます (下図)。3

脳アセンブロイドの作製には、主に3つの方法が用いられます。1つ目は、オルガノイドを神経系の特定部位に似せた脳領域特異的オルガノイド (背側前脳、腹側前脳および中脳オルガノイドなど) にパターニングした後、異なる脳領域特異的オルガノイド同士を融合させて作製します。例えば、中脳と線条体のオルガノイドを融合させた中脳-線条体アセンブロイドは、線条体ニューロンへのドーパミン作動性軸索投射を再現できるためパーキンソン病モデルに適しています。
2つ目は、単一の3D細胞凝集体に発生シグナルを阻害または模倣するオーガナイザー様構造 (細胞やビーズなど) を埋め込み、パターニングを時空間的に調節して作製します。
3つ目は、脳オルガノイドにシングル化した他の細胞を取り込ませて作製します。例えば、ミクログリアを取り込んだ脳アセンブロイドは、神経免疫相互作用モデルとしてアルツハイマー病研究に役立ちます。そのほか、がん細胞、血管内皮細胞を取り込んだ脳アセンブロイドはそれぞれ、腫瘍の脳転移、血液脳関門 (blood-brain barrier) の発達をモデル化できます。

脳アセンブロイドの解析は、遺伝学、解剖学、機能アッセイなどさまざまな手法で行えます (下図、解析例)。

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脳オルガノイドとアセンブロイドのポスター
「3次元なヒト脳オルガノイドの構築」のお申込みは こちら>>

STEMdiff™で作製する前脳・中脳オルガノイド

STEMdiff™分化培地で、発達中のヒト前脳 (背側および腹側) または中脳を代表する細胞組成と組織構造をもつ脳領域特異的オルガノイドを作製できます。各培地の組成はSergiu Paşca博士らの報告1, 2を基に、均質なオルガノイドを再現性良く作製できるよう最適化されています。

主な特長

  • 血清もマトリックスも不使用、オルガノイドの埋め込みも不要
  • AggreWell™を使用してオルガノイド培養中の融合を抑え、スケールアップにも対応
  • 細胞株間/内で再現性の高い、均質なオルガノイドを作製
  • 播種後50日目以降も、オルガノイドを長期培養して維持
  • 処理が容易な、均一サイズのオルガノイド

オルガノイド作製の流れ

hPSCから43日で前脳 (または中脳) オルガノイドを作製します。はじめに、hPSCを AggreWell™800 (800μmサイズのマイクロウェルが底面に300個刻まれた24ウェルプレート) に播種し、均一な胚様体 (embryoid body; EB) を形成します。播種後6日目にEBを浮遊培養に移して増殖させ、続いて前脳 (または中脳) オルガノイドへの分化を導きます。播種後50日目以降も、前脳 (または中脳) オルガノイドは STEMdiff™ Neural Organoid Maintenance Kit を用いて長期維持および成熟が可能です。

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プロトコルの詳細は、各製品の添付文書をご確認ください。

データ紹介

オルガノイドの均一な形態

前脳オルガノイド

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(A) STEMdiff™ Dorsal Forebrain Organoid Differentiation Kitを用いて、AggreWell™800マイクロウェルプレートで形成した神経凝集体は、hPSC播種後6日目には均一なサイズと形状を示します。H9細胞株由来 単一バッチの背側前脳オルガノイドは、hPSC播種後 (B) 15、(C) 25、(D) 50、(E) 75、(F) 100日目にそれぞれ球状の形態を示しました。
(G) 背側前脳オルガノイドは複数の細胞株で均一な大きさを示します (平均±SD、11種の各細胞株と時点ごとにオルガノイド3-5個をカウント)。
(H-N) hPSC播種後25日目の、初心者が作製した背側前脳オルガノイドは異なる細胞株間で再現性を示します。

中脳オルガノイド

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(A-F) STEMdiff™ Midbrain Organoid Differentiation Kitを用いてhPSC株 (WLS-1C, H7, STiPS-F016) から誘導した中脳オルガノイドの代表的な位相差像。hPSC播種後25、50日目にそれぞれ均一な大きさと球状の形態を示します。
(G) 中脳オルガノイド直径の測定値は、異なる細胞株間で再現性を示します (平均±SD; n=21 [25日目]; n=26 [50日目])。

脳領域特異的なマーカータンパク質の発現

背側前脳オルガノイドの成熟にともなう皮質層形成

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(A) STEMdiff™ Dorsal Forebrain Organoid Differentiation Kit で作製した、hPSC播種後25日目の背側前脳オルガノイドは、MAP2ニューロン (マゼンタ) に囲まれた放射状のPAX6+細胞 (緑) を特徴とする、複数の皮質様領域を示します。
(B) 同50日目にも引き続き、PAX6とMAP2を特徴とする複数の皮質様領域を示します。
(C) 100〜200日間の培養後には、深層ニューロン (CTIP2、緑;TBR1、シアン) と上層ニューロン (SATB2、マゼンタ) の分離が進んでいます。

中脳オルガノイドのカテコールアミン作動性ニューロンマーカー発現

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STEMdiff™ Midbrain Organoid Differentiation Kitを用いて、ヒトES細胞株 H7 および iPS細胞株 STiPS-F016 から中脳オルガノイドを作製しました。これらを STEMdiff™ Neural Organoid Maintenance Kit でhPSC播種後50日目まで成熟させ (2、4段目)、STEMdiff™ Dorsal Forebrain Organoid Differentiation Kit で作製した背側前脳オルガノイド (1、3段目) と比較しました。いずれのオルガノイドも MAP2 発現ニューロンを産生しますが、中脳オルガノイドのみカテコールアミン作動性ニューロン特異的マーカーのチロシン水酸化酵素 (TH) を発現しています。

脳領域特異的な電気活動の測定

MEAによる背側・腹側前脳オルガノイドの神経活動記録

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STEMdiff™ Dorsal またはVentral Forebrain Organoid Differentiation Kitで作製した、hPSC播種後50日目の背側 (上段) または腹側 (下段) 前脳オルガノイドを、0.1% polyethyleneimine in borate bufferと20 μg/mL Laminin-521でコーティングした多電極アレイ (MEA; CytoView MEA 96, Axion Biosystems) に播種し、週一回、4週にわたって8電極から神経活動を記録しました (使用機器:Maestro MEA system, Axion Biosystems)。
(A) MEA上の前脳オルガノイドの代表的な明視野像。挿入図はウェルの活動電位のスパイク頻度ヒートマップ (赤 = 12 spikes/sec)。スケールバー = 1 mm。
(B) 活動電位スパイクのラスタープロットでは、背側前脳オルガノイドで1~4週目にかけて神経ネットワークバースト (ピンクの線) が増加したのに対し、腹側前脳オルガノイドでは同期間にネットワークバーストは観察されませんでした。
(C) 平均発火率 (平均±SEM;各時点3〜6個のオルガノイド) は、4週間の測定で背側前脳オルガノイドでは増加し、腹側前脳オルガノイドでは増加しませんでした。

前脳または中脳アセンブロイドの作製例

背側・腹側前脳オルガノイドのアセンブロイド

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GFP標識した腹側前脳オルガノイドと未標識の背側前脳オルガノイドを1週間の共培養で融合させ、STEMdiff™ Dorsal Forebrain Organoid Differentiation Kitに含まれるForebrain Organoid Differentiation Medium (右) またはBrainPhys™ Imaging Optimized Medium (BPI、左) 中で生細胞蛍光イメージングを行いました。GFP陽性の介在ニューロンが腹側前脳から背側前脳へ移動していることが確認できます。BPI中ではシグナル対バックグラウンド比が改善され、ニューロンの移動がより明確に可視化されます。スケールバー 上段 = 300μm;下段 = 100μm。
引用元:Zabolocki et al., 2020, Nature Communications (Creative Commons 4.0 Licenseの下で利用)

アセンブロイド作製プロトコルはこちら:
How to Generate AssemBloids™ from hPSC-Derived Dorsal and Ventral Forebrain Organoid Co-Cultures

背側前脳オルガノイドとミクログリアのアセンブロイド

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ミクログリアと背側前脳オルガノイドを共培養し、10日後に切片にして免疫蛍光染色しました。
(A, C) ミクログリア (IBA1、緑) はニューロン (MAP2、マゼンタ) の間に取り込まれ、伸長した突起を持つ未活性化形態を示します。
(B, D) 傷害を受けると (Needle-Poke injury)、ミクログリアはアメーバ状の活性化形態を示します。

中脳オルガノイドとミクログリアのアセンブロイド

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hPSC播種後80日目の中脳オルガノイドとhPSC由来ミクログリア250,000個を、STEMdiff™ Midbrain Organoid Differentiation Kitに含まれるMidbrain Organoid Maintenance Mediumを用いて12ウェル培養プレート中で8日間共培養しました。オルガノイドを切片にしてミクログリアマーカー IBA1で染色すると、オルガノイド内部にIBA1+細胞が観察されました。
アセンブロイド作製プロトコルの詳細は、お問い合わせください。

中脳・線条体オルガノイドのアセンブロイド

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hPSC由来の中脳オルガノイドと線条体オルガノイドを3-5日間共培養して、中脳-線条体アセンブロイドを作製できます。アセンブロイド内では、線条体ニューロンへのドーパミン作動性軸索投射が再現されます。作製方法は、背側・腹側前脳アセンブロイド作製プロトコル (上記) を基にしています。線条体オルガノイドの作製は、STEMdiff™ Dorsal Forebrain Organoid Kitを用いて改変パターニングにより行います。
アセンブロイド作製プロトコルの詳細は、お問い合わせください。

ウェビナー紹介

脳領域特異的オルガノイドとアセンブロイドについて、さらに理解を深めていただけるウェビナー動画です。視聴にはSTEMCELL Technologies社ホームページへのログインが必要です。

ヒトの発達と病気を研究するための脳オルガノイドおよびアセンブロイドの構築

Building Brain Organoids and Assembloids to Study Human Development and Disease

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演者
Dr. Sergiu Paşca(Associate Professor at Stanford University)

内容
ヒト多能性幹細胞由来の脳領域特異的オルガノイドとアセンブロイド(集合体)をどのように開発したか、そして脳発達と精神疾患にどのような洞察が得られたかを解説します。(収録時間62分、2020年10月公開)

ガイド (脳領域特異的) 神経オルガノイド培養系による、より高次元の神経回路・機能モデリング

Guided Neural Organoid Culture Systems: Adding Dimensions to Model Neural Circuitry and Function

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演者
Leon Chew (STEMCELL Technologies社、シニア・サイエンティスト)

内容
神経オルガノイドのさまざまなサブタイプについて、また特定の脳領域へのガイド分化で作製した3D神経オルガノイドをどのように神経科学研究アプリケーションに組み込むかを解説します。 (収録時間38分、2023年10月公開)

参考文献

  1. Birey F et al. (2017) Assembly of functionally integrated human forebrain spheroids. Nature 545: 54–59.
  2. Yoon SJ et al. (2018) Reliability of human cortical organoid generation. Nature Methods 16: 75–8.
  3. Pașca SP. (2018) The rise of three-dimensional human brain cultures. Nature. 553: 437-445.

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