ラーニングコーナー
2023/10/27
ミクログリア、アストロサイト、前脳ニューロンの共培養プロトコル
- 用途別細胞培養
ヒト多能性幹細胞(hPSC)由来の脳・神経モデルは、疾患メカニズム研究や毒性・安全性試験などへの有用性が期待されています。
このプロトコルでは、STEMCELL Technologies社の培地を組み合わせて、ヒト多能性幹細胞(hPSC)由来のミクログリア、アストロサイト、および前脳ニューロンの細胞種を別々に作製し、最適化した培養条件下で組み合わせて培養する方法を紹介します。
本稿はSTEMCELL Technologies社「How to Tri-Culture Human Pluripotent Stem Cell (hPSC)-Derived Forebrain Neurons, Astrocytes, and Microglia」を日本語簡易訳したものです。
はじめに
脳組織は、神経回路と組織の恒常性を維持するため、継続的に情報を伝達する各種の神経細胞およびグリア細胞から構成されています。ヒト多能性幹細胞(hPSC)由来のin vitroモデルでは、同じ遺伝的背景のさまざまな細胞型の純粋な集団を作製でき、プライマリーの組織から得られる細胞集団よりも正確に脳組織モデルを再構築できます。このような制御された共培養系は、神経(ニューロン)- グリア相互作用および神経免疫相互作用のモデル化に利用することができます。ここでは、各細胞型を個別に作製し、最適化した培養条件下で組み合わせて、hPSC由来のミクログリア、アストロサイト、および前脳ニューロンの3種を共培養(Triple Co-Culture, Tri-Culture)する方法を紹介します。
重要事項:
- このプロトコルには、STEMdiff™ Hematopoietic Kit(#ST-05310)に続いてSTEMdiff™ Microglia Differentiation Kit(#ST-100-0019)を使用する、hPSCからミクログリアへの分化誘導が含まれています。これに並行して、hPSCを別途STEMdiff™ Astrocyte Differentiation Kit(#ST-100-0013)でアストロサイトへ分化させ、STEMdiff™ Astrocyte Maturation Kit(#ST-100-0016)で少なくとも 3 週間成熟させます。これら2種類の細胞にタイミングを合わせ、hPSC から STEMdiff™ Forebrain Neuron Differentiation Kit(#ST-08600)で前脳ニューロンも分化させ、STEMdiff™ Forebrain Neuron Maturation Kit(#ST-08605)で少なくとも 7日間成熟させます。 成熟した前脳ニューロンはまずアストロサイトと共培養し、互いに連結させます。 続いてミクログリアを加えて、3種類の細胞からなる共培養系(Tri-Culture)を作製します。
- hPSC 由来の3種類の細胞を共培養する前に、それらを並行して作製するワークフローのオプションが複数あります。
詳細は関連する製品情報シート(Product Information Sheet)を参照してください。 - 必要に応じて、前脳ニューロンまたはアストロサイトの成熟をそれぞれ 7 日または 3 週間以上に延長することもできます。
その場合には本プロトコールの Part 1 と Part 3 を調整し、必要に応じて早めに開始します。 - 細胞はさまざまな時点で凍結保存でき、柔軟に共培養の計画を立てることができます。
- 3種類の細胞を共培養する期間は 3 ~ 10日を推奨します。ミクログリアを最良の状態に維持するため、24 日間のミクログリア分化誘導後の培養は10 日を超えないようにしてください (STEMdiff™ Microglia Differentiation Kitの 製品情報シート にある ”Direction for Use” のセクション C のステップ 1 ~ 6 を参照)。
- 前脳ニューロンとミクログリアまたはアストロサイトの2種類の細胞で共培養する場合は、以下のリンクを参照してください。
必要な培地・試薬
STEMdiff™Astrocyte Differentiation Kit(#ST-100-0013)
STEMdiff™Astrocyte Maturation Kit(#ST-100-0016)
STEMdiff™ Hematopoietic Kit(#ST-05310)
STEMdiff™ Microglia Differentiation Kit(#ST-100-0019)
STEMdiff™ SMADi Neural Induction Kit(#ST-08581)✝^
STEMdiff™ Forebrain Neuron Differentiation Kit(#ST-08600)
STEMdiff™ Forebrain Neuron Maturation Kit(#ST-08605)
神経生理学用 無血清培地「BrainPhys™」および培地サプリメント
BrainPhys™ Neuronal Medium, 500 mL(#ST-05790)
NeuroCult™ SM1 Neuronal Supplement, 10 mL(#ST-05711)
N2 Supplement-A, 5 mL(#ST-07152)
✝STEMdiff™ Forebrain Neuron Kit 製品群の製品情報シートに記載あり、前脳ニューロンの分化に必要です。
^STEMdiff™ Astrocyte Kit 製品群の製品情報シートに記載あり、アストロサイトの分化に必要です。
本稿で紹介する手順は、hPSC維持用培地、および胚性幹(ES)細胞株または人工多能性幹(iPS)細胞株をもちいた培養に最適化されています。
上流のプロトコルと関連資料は、下記リンクを参照してください。
Part 1:hPSCからアストロサイトへの分化
- STEMdiff™ Astrocyte Differentiation KitおよびSTEMdiff™ Astrocyte Maturation Kitの 製品情報シート に記載されている、胚様体(EB)または単層培養プロトコールのいずれかに従ってください。
- アストロサイトを成熟させるには、STEMdiff™ Astrocyte Maturation Mediumで3週間以上培養してください。
- 培養細胞のサブセットを免疫細胞染色することで、アストロサイトの分化を確認します。
通常のSTEMdiff™ Astrocyte関連培地を利用した場合では、細胞集団の 70% 以上がS100β陽性、60%以上がGFAP陽性、III - チューブリンまたはダブルコルチン(DCX)陽性細胞は15%未満である必要があります。
Part 2:hPSCからミクログリアへの分化
- STEMdiff™ Hematopoietic Kit の 製品情報シート に記載されているプロトコルに従い、造血前駆細胞(HPC)を作製します。
- フローサイトメトリー解析によりHPCの分化効率を評価します。
CD43陽性細胞が細胞集団の90%以上、CD34/CD45共陽性細胞が細胞集団20%以上である必要があります。 - STEMdiff™ Microglia Differentiation KitおよびSTEMdiff™ Microglia Maturation Kit の 製品情報シート にある”Direction for Use(使用方法)” のセクション B(ミクログリアへの分化)のステップ 1 ~ 9 に従ってください。
- フローサイトメトリー解析によりミクログリアの分化効率を評価します。
CD45/CD11b共陽性細胞が細胞集団の80%以上である必要があります。 - オプション:
「Part 5」の3種細胞共培養に移行する前に、STEMdiff™ Microglia Maturation Kit(#ST-100-0020)でミクログリアをさらに培養することもできます。ただし、ミクログリアに分化した後の追加培養時間(成熟期間と共培養期間を合わせた期間)が合計 10 日を超えないようにしてください。
Part 3:hPSCから前脳ニューロンへの分化
- STEMdiff™ Forebrain Neuron Differentiation KitおよびSTEMdiff™ Forebrain Neuron Maturation Kit の 製品情報シート に記載されている、胚様体(EB)または単層培養プロトコールのいずれかに従ってください。
注: ニューロン前駆細胞を STEMdiff™ Forebrain Neuron Maturation Medium(製品情報シート の”Direction for Use(使用方法)”のセクション C、ステップ 1)に播種する際、アストロサイトとミクログリアを含む3種細胞共培養で推奨する播種密度は 1.5 x 104 ~ 4 x 104 cells/cm2です。最適な播種密度はユーザー自身で検討・決定してください。 - ニューロンを成熟させるため、STEMdiff™ Forebrain Neuron Maturation Medium で7 日間以上培養してください。
- 培養細胞のサブセットを免疫細胞染色することで、前脳ニューロンの分化を確認します。
βIII-チューブリンおよびFOXG1について90%以上の細胞が陽性、アストロサイトマーカーGFAP陽性の細胞は10%未満である必要があります。
Part 4:前脳ニューロンとアストロサイトの共培養系のセットアップ
- STEMdiff™ Astrocyte Differentiation KitおよびSTEMdiff™ Astrocyte Maturation Kit の 製品情報シート のセクション C(アストロサイト成熟)の手順 1 ~ 5 に従って、Part 1 の工程で得られた成熟アストロサイトを解離させます。
注: 細胞を1 mL のcomplete STEMdiff™ Astrocyte Maturation Mediumに再懸濁し、トリパンブルーと血球計数盤を使用して細胞数を測定してください。 - 細胞数と培地量を合わせるために、complete STEMdiff™ Astrocyte Maturation Mediumを追加して細胞懸濁液を希釈します。
注: アストロサイト懸濁液の細胞数と培地量はユーザー自身で最適化させます。これは、実験系におけるアストロサイトとニューロンの比率、使用する培養ウェルの数、および Part 3 のステップ1で播種した前脳ニューロン前駆細胞の初期細胞密度に依存します。3種細胞共培養で推奨するアストロサイトと前脳ニューロンの細胞比率は 1:1 です。 - Part 3 で得られた前脳ニューロンの培養ウェルから培地を除去します。
- ステップ 2 で調製したアストロサイトの懸濁液を前脳ニューロンのウェルに播種し、STEMdiff™ Astrocyte Maturation Mediumで一晩培養してPart 5 に進みます。
Part 5:3種細胞共培養に最適化した培地の調整と培養系のセットアップ
- BrainPhys™ Neuronal Mediumの 製品情報シート のセクションB(Preparation of Complete Differentiation Medium: 完全分化培地の調製)に従い、必要量のBrainPhys™ 培地 + サプリメントを調製します。
注: 必要な培地の量は、培養プレートの形式と3種細胞共培養の培養期間により異なります。 - STEMdiff™ Microglia Supplement 2(STEMdiff™ Microglia Differentiation Kitの構成品#100-0023)を解凍するまで室温(15~25°C)に静置、または 一晩2~8℃に静置して解凍します。解凍後の試薬は十分に混合してください。
注: 解凍後すぐに使用しない場合は、分注後-20°C で保管してください。ラベルに記載の有効期限を超えて使用しないでください。
注: 3種細胞共培養用培地の調製に必要なSTEMdiff™ Microglia Supplement 2が十分量残っていない場合は、弊社テクニカルサポートにお問い合わせください。 - 次の手順で最適化した3種細胞共培養用培地を調製します。
a. STEMdiff™ Microglia Supplement 2 を BrainPhys™ Neuronal Medium + サプリメントの混合液に最終濃度 1X となるように添加します 。
(例: 10 mLの培地あたり40 μL のSTEMdiff™ Microglia Supplement 2 を添加)
b. 添加後は試薬を十分に混ぜ合わせてください。
注: すぐに使用しない場合、3種細胞共培養用培地は2~8°Cで最長2 週間保管可能です。 - Part 2の工程で得られたミクログリアを回収します。
a. 細胞懸濁液全量を15 mLコニカルチューブに移します。
すべての細胞を確実に回収するために、温めたDMEM/F-12(15 mM HEPES含有)で洗浄して、その洗浄液も回収します。
b. 300 x g で 5 分間遠心します。
c. 上清を除去し、ペレットを適切量の 3種細胞共培養用培地に再懸濁します。
d. トリパンブルーと血球計算盤を使用して細胞を数えます。 - ミクログリア細胞懸濁液に3種細胞共培養用培地を追加して希釈し、最終細胞濃度と培地量を調整します。
注:ミクログリアの播種密度は本セクションの下部を参照してください。 - Part 4 で得られた前脳ニューロン・アストロサイトの共培養ウェルから培地を除去して廃棄します。
- プレートを 37°C、5% CO2 インキュベーター内に置きます。この際、プレートを素早く、短く、前後左右に数回動かして細胞を均一に分散させます。
- 3種細胞共培養用培地で、2~3 日ごとに培地を半量交換します。
注: ミクログリアは低接着性であるため、培地交換時に意図せず除去されてしまう可能性があります。これを回避するため、培地交換前にプレートをプレートアダプターを備えたスイングバケット遠心機で100 x g で2分間遠心し、細胞をプレート底面に沈降させます。
ミクログリアの播種密度について
- 最終的なミクログリア懸濁液の最適な濃度と量は、ユーザー自身で検討してください。目的とするミクログリアと前脳ニューロンの細胞比率、使用する培養ウェルの数、プレートの形式、およびPart 3で播種した前脳ニューロン前駆細胞の初期細胞密度によって異なります。
- 3種細胞共培養におけるミクログリアの推奨播種密度は、Part 3 のステップ 1 で播種した前脳ニューロン前駆細胞密度の半分です(つまり、ミクログリアとニューロン前駆前駆細胞の比率は 1:2となります)。
- ニューロンに対するミクログリアの相対的な割合は脳領域 1、2、3によって異なります。両細胞の播種密度は必要に応じて調整することができます。
免疫細胞染色による細胞の特性評価
- 3~10 日間の3種細胞共培養後に、次に示す一次抗体で免疫細胞染色が可能です。
- 神経細胞のマーカー:抗ベータチューブリン III 抗体、クローン TUJ1(#ST-60052)
- ミクログリアのマーカー:ウサギ ポリクローナル抗 IBA1(Synaptic Systems、#234 003)
- アストロサイトのマーカー: ニワトリ ポリクローナル抗 GFAP(Aves Labs社、#GFAP)
- 総細胞密度は、DAPI 染色で評価できます。
- 期待される観察結果: 培養系は、前脳ニューロンとアストロサイトの間に統合した健康なミクログリアで構成されます。ミクログリアは伸長した突起をもち、それが分岐した非活性な形態(ラミファイド型)を示します。
関連文献・関連リンク
関連文献
- Mittelbronn M et al. (2001) Local distribution of microglia in the normal adult human central nervous system differs by up to one order of magnitude. Acta Neuropathol 101(3): 249–55.
- Von Bartheld CS et al. (2016) The search for true numbers of neurons and glial cells in the human brain: A review of 150 years of cell counting. J Comp Neurol 524(18): 3865–95.
- Agarwal D et al. (2020) A single-cell atlas of the human substantia nigra reveals cell-specific pathways associated with neurological disorders. Nat Commun 11(4183): 1–11.
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